大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和56年(ワ)14706号 判決

原告

大室信幸

原告

濱恵二

原告

大山正敏

原告

本多和夫

原告

矢野英之

右原告ら訴訟代理人弁護士

佐藤博史

笠井治

山口広

虎頭昭夫

的場徹

被告

ヤマト科学株式会社

右代表者代表取締役

森川巽

右訴訟代理人弁護士

和田良一

宇野美喜子

狩野祐光

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

一  当事者の求める裁判

(一)  請求の趣旨

1  被告は、原告大室信幸に対し金一三万七五〇〇円、原告濱恵二に対し金一六万八六七四円、原告大山正敏に対し金二二万二二五四円、原告本多和夫に対し金一六万〇〇七三円、原告矢野英之に対し金一七万一九四七円及び右各金員に対する昭和五六年六月一一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言

(二)  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

二  当事者の主張

(一)  請求の原因

1  被告は、科学機器、医科機器、教育機器等の製造、販売、輸出入等を目的とする会社であり、原告大室は昭和四六年四月、同濱は昭和四七年四月、同大山は昭和三六年三月、同本多は昭和四六年四月、同矢野は昭和四二年三月いずれも被告会社に雇用されて勤務を続けていた者であって、いずれも被告会社従業員で組織する訴外ヤマト科学労働組合(以下単に「訴外組合」という。)の組合員である。

2  被告会社と訴外組合とは、昭和五六年五月二〇日、昭和五四年度上期(夏季)一時金(賞与)につき、左記の内容の協定(以下「本件労働協約」という。)を締結した。

(1) 一時金の額は、「算出基礎額」に、二・二か月、「勤怠率」、「査定」をそれぞれ乗じた額とする。

(2) 「算出基礎額」は、「基本給」に「役付手当」又は「身分手当」を加算したものとする。

(3) 「勤怠率」は、総稼働日数に対する実労働日数の割合を意味する。

(4) 「査定」は、全社員の平均を一〇〇として、七五ないし一二五の間の一一段階で考課する。

(5) 支給日は計算終了後とする。

(6) 「基本給」は、昭和五四年四月から改定された新基本給を基準とし、「役付手当」又は「身分手当」は、同年三月支給の手当を基準とする。

3  原告矢野は昭和五四年六月二二日、その余の原告らは同月一四日、いずれも被告会社から懲戒解雇されたものであるが、昭和五四年度夏季一時金の支給対象期間は、昭和五三年一〇月一日から昭和五四年三月三一日までであり、原告らは、いずれも右支給対象期間中現実に労務を提供していたものであって、その間の勤怠率は、別表(略)の勤怠率欄記載のとおりである。

4  被告会社における一時金は、労働者がその対象期間中に提供した労務に対する賃金としての性格を有するものであるから、被告会社は原告らに対し、原告らが支給対象期間中労務の供給をした割合に応じて一時金を支給すべきであり、原告らに支給されるべき昭和五四年度夏季一時金の額は、本件労働協約に基づき算定された別表記載のとおりである(被告会社と訴外組合とは、昭和五六年五月二〇日、昭和五四年度の昇給について合意をしたので、同年四月時点で被告会社に在籍していた原告らの賃金も当然別表のとおり昇給されたものであり、査定は、一律平均値とするべきである)。

仮にそうでないとしても、被告会社には、労働者が一時金の支給対象期間中労務を提供した場合には、その割合に応じて一時金を支給するとの労働慣行があり、その額は、後に訴外組合と被告会社間で妥結した本件労働協約に基づき算定された額に準じて考えるべきであるから、原告らは被告会社に対し、前同様の一時金請求権を有する。

5  よって、原告らは被告会社に対し、一次的に本件労働協約、二次的に前記労働慣行に基づき、請求の趣旨記載の各一時金及び右各金員に対する計算終了の日ののちである昭和五六年六月一一日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(二)  請求の原因に対する被告の認否及び主張

(認否)

1 請求の原因1ないし3の事実は認める。

2 同4の事実中、主張のような昇給に関する合意が被告会社と訴外組合間でなされたことは認めるが、その余はすべて争う。

(主張)

1 一時金は、本来の給与以外に支給される褒賞的な性質を有すると同時に、将来の勤労継続、勤労意欲の向上への期待という性格を有する。被告会社においては、従前は中途退職者には一時金を支給しておらず、昭和四九年以降支給するようになった後も査定は最低としていたのであって、これは、中途退職者は将来への期待を欠くからである。まして、懲戒解雇者について、上述のような性格の一時金を支給すべき理由は全くない。一時金の制度は諸外国にはあまり例がなく、わが国においても、その支給額には大きな開きがあり、これを直ちに労働の対償である毎月の賃金と同一視はできない。したがって、原告ら主張のように、一時金は、明示又は黙示の定めがなくとも、その性質上当然対象期間に提供した労務の割合に応じて支給されるべきであるとはいえない。

2 被告会社においては、一時金の支給に際して、「定期賞与及び臨時給与は、支給の都度、細部を決めて支給する。」(給与規定二四条)と定められているだけで、細部については、支給の都度被告会社が定めてきたが、被告会社従業員をもって組織する「従前のヤマト労組」が結成された昭和四九年四月以降は、支給の都度被告会社と組合間で協定により細部を決めて組合員に一時金を支給するようになった。その後、被告会社には複数の組合が存在するようになったが、被告会社は、支給の都度各組合と協定して一時金を支給してきている。

3 ところで、被告会社と訴外組合間で昭和五四年度夏季一時金に関する本件労働協約が締結されたのは、原告らが懲戒解雇された同年六月から二年近く経過した昭和五六年五月二〇日のことであるが、本件労働協約の中には、原告らに対し一時金を支給する旨の記載はない。被告会社においては、支給対象期間中在籍した者には一時金を支給することもあったが、その場合には、その旨の特約を協定書中に明示するのが通例であった。のみならず、被告会社においては、支給日以前に懲戒解雇された者には一時金を支給しない取扱いをしており、本件労働協約に至る過程において、被告会社と訴外組合間で原告ら懲戒解雇者に対する昭和五四年度夏季一時金が問題とされるようなことは一度もなかった(訴外組合から右一時金の支払要求が出たのは、協定書の調印が終り、その交換が済んだのちのことである。)。したがって、原告らは、本件労働協約によって定められた昭和五四年度夏季一時金の支給対象者には含まれておらず、本件労働協約に基づく原告らの本訴請求はその根拠を欠く。

4 被告会社は、従前一時金の支給対象期間全部を正常に勤務した者には、支給日に在籍しなくとも一時金を支給してきたが、一部しか勤務しない者に対しては、支給日に在籍しない限り一時金を支給しなかった。その後、被告会社は、昭和四九年度夏季一時金から対象期間の中途退職者にも一時金の支給をするようになったが、懲戒解雇者に対しては、対象期間の全部について在籍したと一部につき在籍したとを問わず、支給日に在籍しない限り、終始一貫して一時金を支給しておらず(支給後懲戒解雇された者から既支給の一時金を返還させることまではしていない。)、右の取扱は、「従前のヤマト労組」の昭和四九年六月一三日付組合ニュースにおいても承認されているのであって、慣行化していたものである。

5 原告らが懲戒解雇によって被告会社の従業員たる地位を失っていることは前記のとおりであり、その後二年近く経てから被告会社と訴外組合間で締結された昇給に関する合意の効力が、原告らの請求の基礎となる賃金額に及ぶようなことはありえない。

(三)  被告の主張に対する原告の反論

1  被告会社は、昭和五二年九月その支援のもとに訴外組合から脱退した組合員によって新たに結成された労働組合を「従前のヤマト労組」と評価しているが、原告らの所属する訴外組合こそ「従前のヤマト労組」そのものである。

2  原告らは、懲戒解雇の点を措けば、一時金対象期間の中途で退職した者ではなく、その全部にわたって在籍した者である。そして、原告らと同じ状況にある懲戒解雇者について(〈証拠略〉のBの場合)、被告会社は現実に一時金の支給をしており、その支払を差止める努力をしたり、その返還を求めたりしたこともないのであって、被告会社には、懲戒解雇者に一時金を支給しないというような慣例はなかった。被告会社主張の組合ニュースの記載は、特定の例を引き合いに出された交渉の経緯を記したものにすぎず、その後締結された組合と被告会社の確約書では右の点がことさら外されているのであって、組合が懲戒解雇者に一時金の支給をしないことを一般的に認めていたのではない。かつて訴外組合と被告会社間の一時金に関する協定書中に、中途退職者の扱いについての記載がなされたのは、中途退職者にも対象期間中提供した労務の割合に応じて一時金を支給するとの確立された労働慣行を注意的に明らかにしたものにすぎず、当時の確立された労働慣行は、期末退職者であると、懲戒解雇者であるとを問わず、支給対象期間中に在籍した部分がありさえすれば、その割合に応じて一時金を支給するというものであった。

三  証拠(略)

理由

一  被告が科学機器、医科機器、教育機器等の製造、販売、輸出入等を目的とする会社であり、原告らがその主張の時に被告会社に雇用されて勤務を続けていた者であって、被告会社従業員で組織する訴外組合の組合員であること、被告会社と訴外組合との間において、昭和五六年五月二〇日、昭和五四年度夏季一時金につき、(1)一時金の額は、「算出基礎額」に、二・二か月、「勤怠率」、「査定」をそれぞれ乗じた額とする、(2)「算出基礎額」は、「基本給」に「役付手当」又は「身分手当」を加算したものとする、(3)「勤怠率」は、総稼働日数に対する実労働日数の割合を意味する、(4)「査定」は、全社員の平均を一〇〇として、七五ないし一二五の間の一一段階で考課する、(5)支給日は計算終了後とする、(6)「基本給」は、昭和五四年四月から改定された新基本給を基準とし、「役付手当」又は「身分手当」は、同年三月支給の手当を基準とするとの内容の本件労働協約が締結されたこと、原告矢野は昭和五四年六月二二日、その余の原告らは同月一四日、いずれも被告会社から懲戒解雇されたものであること、昭和五四年度夏季一時金の支給対象期間は、昭和五三年一〇月一日から昭和五四年三月三一日までであり、原告らは、いずれも右の期間中現実に労務を提供し、その間の勤怠率が別表の勤怠率欄記載のとおりであること、被告会社と訴外組合とが、昭和五六年五月二〇日、昭和五四年度の昇給について合意をしたこと、以上の事実はいずれも当事者間に争いがない。

二  原告らは、一次的に本件労働協約に、二次的に労働慣行に基づき、原告らは本件労働協約で定められた一時金請求権を有する旨主張するので、まずこの点につき判断する。

(証拠略)を総合すると、次の事実が認められる。

1  被告会社における一時金の支給に関する就業規則の規定は、給与規定の二四条に「定期賞与及び臨時給与は、支給の都度、細部を決めて支給する。」との定めがあるだけで、右のほかには一切規定がないが、被告会社においては、毎年、前年一〇月一日から当年三月末日までを対象期間とする夏季一時金を六月ころに、当年四月一日から九月末日までを対象期間とする冬季(下期)一時金を一二月ころに支給するのを通例としていた。

2  被告会社における一時金の支給は、被告会社が支給の都度細部を定めて支給してきたが、その従業員をもって組織する訴外ヤマト科学労働組合(原告らは同組合と訴外組合とは同一である旨主張し、被告会社は右の訴外ヤマト科学労働組合を「従前のヤマト労組」と呼び、同組合から分裂して新たに結成されたのが原告ら所属の訴外組合である旨主張するが、その点はさておき、以下、便宜上「旧ヤマト労組」という。)が結成された昭和四九年四月以降は、一時金支給の都度、旧ヤマト労組との協定により細部を定めて組合員に一時金を支給してき、訴外組合ほか一の複数組合が存在するようになった昭和五二年九月ころ以降は、一時金支給の都度各組合と協定し、細部を決めて各組合員に一時金の支給をしてきた。

3  したがって、被告会社と右各組合間で協定された各期の一時金の支給に関する細部の定めも一定せず、一時金の算定方法は、旧ヤマト労組と被告会社間の昭和四九年度夏季一時金に関する協定においては、基本給と役付手当の合算額に逆算月数(組合員平均二〇万円の総原資を、基本給と役付手当の合算額、勤怠率、査定を各乗じたもので除したもの)、勤怠率、査定(平均を一〇〇とし、九〇から一一〇の五段階とする)をそれぞれ乗じたものとされ、昭和五〇年度冬季一時金に関する協定においては、算出基礎額(基本給に役付手当又は身分手当を合算したもの、以下同じ)に一か月、勤怠率、査定(九〇から一一〇までの五段階)をそれぞれ乗じたものとされている。また、訴外組合と被告会社間の昭和五二年度冬季一時金に関する協定においては、算出基礎額に二・五か月、勤怠率、査定(平均を一〇〇とし、七五から一二五までの一一段階とする、以下同じ)をそれぞれ乗じたものとされ、昭和五三年度夏季一時金に関する協定においては、算出基礎額に一・八か月、勤怠率、査定をそれぞれ乗じたものとされ、同年度冬季一時金に関する協定においては、算出基礎額に二・七か月、勤怠率、査定をそれぞれ乗じたものとされている。そして、訴外組合と被告会社間においては、本件労働協約の締結と同一機会に、昭和五四年度冬季、昭和五五年度夏季及び冬季の各一時金についての協約もなされたが、その算定方法は、昭和五四年度冬季一時金については算出基礎額に三・〇か月、勤怠率、査定を乗じたもの、昭和五五年度夏季一時金については算出基礎額に二・一か月、勤怠率、査定を乗じたもの、同年度冬季一時金については算出基礎額に三・一か月、勤怠率、査定を乗じたものとされている。

4  被告会社においては、従前一時金の支給対象期間の一部しか勤務しない者に対しては、支給日に在籍しない限り一時金を支給しなかったが、昭和四九年度夏季一時金から対象期間の中途退職者にも一時金の支給をするようになり、右該当者のある場合には、その旨を所属組合との協定書中に明記するのを通例としていた。

5  被告会社においては、旧ヤマト労組が結成された昭和四九年四月以前には、一時金の支給対象期間の全部につき在籍したか、一部しか在籍しなかったかを問わず、支給日以前に懲戒解雇された者には、およそ一時金の支給がなされたことはなかった。そして、旧ヤマト労組結成後、被告会社から懲戒解雇された例は原告らを除き三例あるが、そのうちの一例(以下「〈1〉例」という。)は、昭和五〇年七月一二日に懲戒解雇された者につき、昭和四九年一〇月一日から昭和五〇年三月三一日までを対象期間とする昭和五〇年度夏季一時金を解雇後の同年七月一五日に支給しており(同年四月一日から同年九月三〇日までを対象期間とする同年度冬季一時金は、対象期間中一部在籍したにもかかわらず、全く支給されていない。)、他の二例においては、昭和五四年六月二二日に懲戒解雇された者につき、昭和五三年一〇月一日から昭和五四年三月三一日までを対象期間とする昭和五四年度夏季一時金は支給されなかった(同年四月一日から同年九月三〇日までを対象期間とする同年度冬季一時金も、対象期間中一部在籍したにもかかわらず、支給されていない。)。そして、被告会社が右〈1〉例につき昭和五〇年夏季一時金の支給をしたのは、懲戒解雇の日(同年七月一二日)の直前(同年同月九日)に一時金の一括銀行振込の手続を完了してしまったからであり、特に既払分の返還を求めることまではしなかったという事情によるものであった。

6  昭和四九年六月一三日当時、旧ヤマト労組の執行委員長は原告矢野で、その余の原告らはいずれも同組合の組合員(執行委員)であったが、同組合は、夏季一時金の団体交渉において、被告会社から「定年、会社都合の者に対し、自己都合の者に対し、勤怠率にて平常通り支給する。懲戒解雇者に対しては支払わない。」との回答を受け、これに対し、何らの留保を付することもなく「会社側回答に妥協する。」と答え、その旨を同日付の組合ニュースに明記した。

7  その後原告らが懲戒解雇されるまでの間、被告会社と旧ヤマト労組及び訴外組合間で懲戒解雇者に対する一時金の支給、不支給につき協定書が作成されたことはなく、また右の点を明確に意識して書かれた組合ニュースも存在しない。

8  また、本件労働協約の締結に至る過程において、被告会社と訴外組合間で原告ら懲戒解雇者に対する昭和五四年度夏季一時金が問題とされたことは一度もなく、したがって、本件労働協約中には右の点についての記載は全くない。

以上の事実が認められ、右認定に反する原告本人大室信幸の尋問の結果は、前掲各証拠に照らしてたやすく措信することができず、他に右認定を左右し得るに足る証拠はない。

前記争いのない事実及び認定の事実によれば、被告会社においては、一時金の支給に関して、一時金は支給の都度細部を決めて支給するとの規定があるだけで、右のほかには一切就業規則がなく、支給の都度、組合との協定により細部を定めて一時金の支給をしてきたものであって、その一時金の法的性格がどのようなものであるかはさておき、原告らに具体的な一時金請求権ありとするためには、原則として所属組合と被告会社間で協定(又は原告らと被告会社間での合意)がなされ、その細目についての約定がなされる必要があり、そのような細目についての約定がなされない限り、それは原則として抽象的な一時金請求権ともいうべきものにとどまるものというべきである。したがって、細目についての約定がなされていないにもかかわらず、具体的な一時金請求権があるというためには、各期に支払われる一時金の額について確立された労働慣行があるか、又は具体的な一時金額を算定しうる基準について確立された労働慣行があるなど、特段の事情のあることが主張、立証されなければならないものというべきである。

そこで、まず本件労働協約が原告ら懲戒解雇者を一時金の支給対象者に含める趣旨のものであったか否かについてみるに、前認定の事実によれば、被告会社においては、従前懲戒解雇者に対しては支給対象期間の全部につき在籍したか、一部しか在籍しなかったかを問わず、支給日に在籍しない限り一時金の支給がなされたことはなく、そのただ一つの例外(前記〈1〉例)においても、懲戒解雇の直前に一時金の一括銀行振込手続を完了してしまったので、特にその返還までは求めなかったという特殊事情によるものであり、旧ヤマト労組及び訴外組合との間において、中途(任意)退職者に一時金の支給がなされる場合にはその旨が協定書中に明記されているのに、懲戒解雇者に対する一時金の支給、不支給について触れた協定書(本件労働協約を含む。)、組合ニュース(後記のものを除く。)は一切なく、かえって、原告ら全員が所属していた旧ヤマト労組発行の組合ニュースにおいて、任意退職者と懲戒解雇者を区別したうえで、懲戒解雇者には一時金を支給しないことを承認する旨の記載がなされており、また、本件労働協約締結に至る過程において、訴外組合と被告会社間で原告ら懲戒解雇者に対する昭和五四年度夏季一時金が問題とされたことは一度もなかった(原告らが本件労働協約締結の二年近くも前に懲戒解雇され、昭和五四年度夏季一時金の対象期間中在籍して労務を提供してきたものであることは前記のとおり、当事者間に争いがないのであるから、原告ら主張のように、原告らに対しても一時金を支給するのが確立された労働慣行で、本件労働協約の当然の前提であるならば、その旨を協定書中に明記することは極めて容易なことであり、また、明記しないはずがないというべきである。)というのであって、これらの点に照らせば、原告ら懲戒解雇者は本件労働協約によって定められた昭和五四年度夏季一時金の支給対象者には含まれていないというのほかはない。したがって、本件労働協約に基づく原告らの一次的な請求は、その余の点につき検討するまでもなく理由がない。

次に、被告会社において、各期に支払われる一時金の額、又は具体的な一時金額を算定しうる基準について、確立された労働慣行といえるものが存するかについてみるに、たしかに、被告会社においてはこれまで一定の対象期間を対象とする夏季及び冬季の一時金をほぼ一定の時期に支給しており、支給日に在籍しない懲戒解雇者に一時金の支給がなされたことはあるが、それは特殊事情に基づく唯一の例外であり、懲戒解雇者は支給日に在籍しない限り一時金を支給しないのが被告会社の取扱いであったこと、したがって、懲戒解雇者にも一時金の支給をすることを明らかにした協定や組合ニュースは存在せず、かえって、懲戒解雇者には一時金を支給しないことを承認した旧ヤマト労組発行の組合ニュースが存すること、被告会社の過去の一時金支給状況をみると、その一時金の額及びこれを算出すべき基準は一定しておらず、そこに何らかの法則性が見受けられないことは前記のとおりであり、他に具体的な請求権となりうるような確立された労働慣行を認めるに足りる証拠はないから、原告らの労働慣行に基づく第二次的な請求もまた理由がないものといわざるをえない(なお、原告らは、当時の確立された労働慣行は、期末退職者であると、懲戒解雇者であるとを問わず、支給対象期間中に在籍した部分がありさえすれば、その割合に応じて一時金を支給するというもので、協定書中に中途退職者の扱いについての記載がなされたのは、右確定された労働慣行を注意的に明らかにしたものにすぎない旨主張する。しかし、協定書中の「中途退職者」が期の中途で懲戒解雇された者を含むとすれば、それは明らかに本来の用法に反し、原告ら全員が所属していた旧ヤマト労組発行の前記組合ニュースが懲戒解雇によるものとそれ以外のものを区別していることに矛盾し、そのことを断らなかったことに疑問をもたざるをえないし、懲戒解雇者を含まないものとすれば、中途退職者についてだけ規定し、これに比べ後日問題となる余地の多い期の中途で懲戒解雇された者につき全く触れられていないのは不可解というのほかなく、被告会社の取扱は前記認定のようなものであったといわざるをえない。)。

三  以上の次第であるから、原告らの本訴請求をいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条、九三条一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 山下満)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例